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天皇賞の思い出【第138回天皇賞】

 たまにはコラムでも書こうか。

 

 天皇賞・秋といえば、すぐに思い出すのは、2008年11月2日、第138回天皇賞である。

 言わずと知れた、ダイワスカーレットとウオッカとの激戦。伝説のレース。

 

 このレースは、概要だけを述べるなら、ハイペースで逃げたダイワスカーレットを、直線猛追したウオッカがゴールの瞬間、わずか2cmだけ捉えて勝利したレース。

 しかし、その内容たるや、こんな味気のない文章で終わらせるにはあまりにも勿体ないものであった。その背景も含め、まさしく伝説と呼ぶに相応しいもの。

 

 まずもって、このレースを伝説足らしめたのは、ダイワスカーレットの逃げにほかならない。

 ダイワスカーレットはその年の大阪杯(当時GⅡ)を牡馬相手に楽勝後、骨瘤発症で休養し、天皇賞は休み明けでの出走であった。

 彼女は久々のレースに興奮したのか(割といつもそんな感じではあったが)、かかり気味に先頭に立ち、そのままレースを引っ張っていった。さらにトーセンキャプテンがはやめに競りかけに行ったこともあり、1000m通過は58秒7という、当時としてはかなりのハイペースになった。(wikiには比較的速いなどと書いてあるがとんでもない。猛ラップと呼んでいいくらいだ)

 ダイワスカーレットの大ファンだった筆者でさえ、

「終わった」

 と思った。残れるわけがないと。観戦していたほとんどの人がそう思ったのではないだろうか。

 

 しかし彼女は後続を寄せ付けなかった。いつか沈む、いつか沈むと思いながら見ていても、ずっと先頭にいる。そしてゴールが近付くにつれ、外から接近する、ライバルのウオッカ。

 競り合い、叩き合いはなかった。並んだのはゴールのまさにその瞬間だけだったから。

 

 結果は先述した通りである。

 

 

 ……筆者は、チューリップ賞で、ダイワスカーレットとウオッカの戦いを見てから、ダイワスカーレットのファンだった。大ファンだった。

 チューリップ賞では負けたが、

「ウオッカより強い」

 と確信した。

 予想通り、桜花賞、秋華賞では先着し優勝した。

 その後の3歳時の有馬記念は、3歳牝馬での有馬記念の優勝はスターロッチ以降46年ないんだと言われても、勝利を確信して単勝を勝った。単勝8.1倍うめえw とか思っていた。それだけに、2着に敗れたのは本気で悔しかった。

 大阪杯でも、配当妙味はなくても当然単勝を買った。

 そして休養を挟み、伝説の天皇賞。

 

 この日まで筆者は、生でダイワスカーレットを見たことがなかった。関西方面の競馬場は遠かったし、有馬記念の日はなにかしらの都合で行けなかったのだ。

 東京競馬場にダイワスカーレットが来る! 狂喜乱舞して駆けつけたものだ。自分にとって彼女はアイドルだった。馬券はもちろん毎回買っていたが、それ抜きにして、あそこまで一頭の馬のファンになったことは後にも先にもない。

 なんとしてもよく見えるところで彼女を見たかったから、パドックには、メインレースの周回が始まる3時間前くらいから張り付いていた。ぼっち観戦だったから、交代要員などいないのだ。

 いよいよ周回が始まって、喜びと驚きが同時に起こった。

 スカーレットという優美な名前から、さぞかし美女であろうと想像していたが、なんというムキムキマッチョな体つき。それあ強いわと感嘆したのを覚えている。全体がとにかく凄いが、特に胸前のはちきれそうなこと、これがマツクニ坂路の効能かなどと思っていた。

 ウオッカにしても、それはそれは逞しい体をしていて、お前ら2頭女子プロレスラーか!? と本気で思っていた。

(余談だがブエナビスタは小柄で可愛らしい。見た目からはあの戦績は想像できない)

 

 周回終わり、急いでコースへ向かうが、ぼっち観戦の悲しいところ、パドックを見るかレースを見るかを選択せねばならない。パドックを選択していた筆者は、レースを前のほうで見るなどとてもできない状況であった。

 それでもなんとか、コースから椅子があるところまでの、半分くらいのところまですべりこむように行って、ほとんどモニターしか見えないわけだが、そこで観戦していた。

 

 レースが始まると、先述した通り彼女はかかり加減に先頭へ。それもいつものことだとは思ったが、体感、速いと思っていた。そして1000m通過が58秒7と表示されると、愕然としたし周囲もどよめいていた。当時は59秒前半くらいでも十分ハイペースだったのだ。

 休み明けでこんなハイペースでは、さすがのダイワスカーレットも力尽きるに違いない。

 そう思っていたが、垂れない。垂れない。

 涙が出ていた。

 あんなにハイペースだったのに。絶対に苦しいのに。あんなにも頑張っている!

 ほとんど無意識に名前を連呼していた。

 あのときの感情はとても特殊で、思考なんてなかった。説明が難しいが、人間じゃなかったと思う。ただひたすらに、

 

ダイワスカーレット!

 

 と叫び続けるだけのなにかになっていた。

 

 レース終わり、顔はぐしゃぐしゃ、競馬のレースで泣いたのは、このとき以外にない。

 長い写真判定を待っている間、少しずつ興奮が落ち着き、何度も流れるストップモーションを見ながら、どう見ても先着していると確信して、にやりとしていた。しかし、それにしても時間がかかるな……。

 電光掲示板に表示された馬番号を見て、周りにもう少しスペースがあったら、崩れ落ちるかへたりこむか、なんなら倒れて寝そべっていたと思う。何かの間違いだと思った。このときばかりは、なにかしらの力を疑った。(失礼な話だ)

 

 それからしばらくは、判定ミスだったと報じられやしないかと期待していた。

 後になって詳細が判明すると、ウオッカがダイワスカーレットの前に出ていたのは、まさに決勝線通過のその刹那のみであったという。ストップモーションではわからなかったはずだ。

 

 第138回天皇賞。優勝馬ウオッカ。なわけだが、自分の中では、あれはいつまでも、ダイワスカーレットの天皇賞なのである。

 といっても、いつまでも女々しく悔しがっておるわけでもない。ダイワスカーレットのみならず、ウオッカもいてこその伝説のレースだし、当然、今ではウオッカを讃えている。

 

 

 あれから11年。

 今年は非常に良いメンバーに恵まれた。第160回というキリのいい数字に、令和初の天皇賞。(春天は平成最後だったね)

 どことなく、2強がいて、少し離れた3番手という構図が、11年前を思い出せなくはない。(各馬の関係性は全然違うが)

 あのときのような、素晴らしいレースになることを願って、発走のときを楽しみに待つ。